住宅ローン完済後、自宅の抵当権設定登記をそのまま放置しても良いか

住宅ローンを利用して住宅を購入すると、通常、その住宅には「抵当権」が設定され、さらにその住宅の登記簿には「抵当権設定登記」が行われます。

この「抵当権」は、住宅ローンを完済することによって消滅しますが、ご自宅の登記簿から「抵当権設定登記」を抹消せずに放置される方がいます。

本記事では、抵当権の概要と、住宅ローン完済後、自宅の登記簿から抵当権設定登記を抹消せずにそのまま放置し続けることによって生じるデメリットについて解説いたします。




1 抵当権とは

⑴ 抵当権の役割

⑵ 抵当権の実行

⑶ 抵当権の消滅


⑴ 抵当権の役割

抵当権とは、簡単にいうと債務者に債務弁済ができない事情が発生した際、債権者が債務者から担保に取った不動産を競売によって売却し、その売得金を優先的に受け取ることができる権利です。

住宅ローン契約は、高額かつ長期的な契約ですので、途中で返済ができなくなる方は少なくありません。

債権者は、そのような事態に備えて、通常、住宅ローン契約と併せて抵当権の設定契約を行います。

抵当権を設定する理由は、上述したとおり、将来、債務者が弁済不能の事態に陥った場合でも、抵当権を行使すれば自己の債権回収が図れるからです。

それでは、抵当権を設定した後、債務者が、債務の履行をすることができなくなった場合に抵当権者(銀行等)はどのようにして債権の回収を図るのでしょうか。以下では、抵当権の実行について簡単に述べます。



⑵ 抵当権の実行

「抵当権」の設定契約をして、債務者の住宅の登記簿に「抵当権設定登記」がなされた後、債務者の勤めていた会社が倒産するなどして、現実に債務者が借金の返済ができなくなったと仮定します。

債務者がこのような事態に陥った場合、抵当権者(銀行等)は、いよいよ抵当権の実行に着手します。

抵当権を実行するというのは、担保に取った不動産(土地・建物)を、裁判所の手続きにより売却(競売)することを意味します。

その後、無事に競売物件が落札されると、債権者は、買受け人が支払った代金を自己の債権の範囲内において他の債権者に先立って受け取ることができます。

抵当権のこうした効力のことを優先弁済的効力といいます。

これが抵当権の本質であり、裁判もせずに競売手続きを行える「手軽」さと、優先的に弁済を受けられる「優先性」が特徴です。

つまり、抵当権は弁済不能状態に陥った債務者から強制的に債権回収をするための強力な権利です

それでは、以下で無事に住宅ローンを完済できた場合について解説いたします。




⑶ 抵当権の消滅

住宅ローンを組む際に設定する抵当権は、俗の言葉でいえば「借金のカタ」です。カタである以上、抵当権にはそのモトになっている借金があります。逆に、借金がなければカタ(抵当権)は成立しません(※1)。

したがって、住宅ローンを完済すると、抵当権は消滅します(※2)。

しかし登記としては残りますので、登記簿上においてはなお抵当権が設定されたままの状態が継続します。

ここが後に様々な問題に繋がっていきます。

この点を理解するためには、そもそも「なぜ登記をするのか」ということを先に理解しておく必要がありますので、以下で簡単に解説いたします。

※1 あくまでイメージづくりのための表現です。正確には金銭債権以外を被担保債権とする担保権も成立します。
※2 元本確定前の根抵当権という類型の抵当権はローンを完済しても消滅しません。



2 なぜ登記をするのか

銀行の住宅ローンを組むケースを例に説明すると、銀行は抵当権設定登記をしなければ第三者(※3)に対して、自分が抵当権者であることを主張することができません。

逆に、登記をすれば「自分が抵当権者であること」を第三者に対し主張することができるようになります。

このことを法律用語で「第三者対抗要件」といいます。

つまり、登記をする理由は「自分が権利者であることを第三者に主張するためであり、自己の権利を守るため」です。

そして、登記をすることで初めてその住宅に抵当権が設定されていることが公になり、以後、その住宅は抵当権が設定されている物件として扱われます。

仮に、住宅ローンを完済して抵当権が消滅していたとしても、登記簿上に抵当権設定登記が残っていると、第三者はこの住宅には抵当権が設定されていると判断します。

※3 第三者とは、抵当権設定契約を行った当事者以外のすべての人のことです。



3 住宅ローン完済後、自宅の抵当権設定登記をそのまま放置しても良いか

それでは、本題に入ります。

結論から述べますと、抵当権設定登記をそのまま放置すると様々な問題に発展するリスクが高まります。

以下、抵当権設定登記を放置しても問題のないケースと、放置することによって生じる問題について述べます。

⑴  放置しても問題のないケース

将来、建物を取り壊す予定のとき
 ★忠実再現の原則

例えば、住宅ローンを完済している場合で、抵当権設定登記がされている建物を取り壊す予定である場合、そのまま「建物」についての抵当権設定登記は、放置しても特段の問題はありません。

本来、建物を取り壊す場合に踏むべき正式な手順は、先に抵当権設定登記を抹消してから、建物の滅失登記(※4)を行います。

では、なぜ取り壊す建物についてまで、わざわざ登記をする必要があるのでしょうか。

※4 建物滅失登記は表題部(物理的現況を示す登記)登記ですので、司法書士ではなく、土地家屋調査士が行います。

★忠実再現の原則

不動産登記法には「権利が生まれ、変更され、消えていく過程(物権変動の過程)を、忠実に登記簿に再現するという原則(忠実再現の原則)」があるからです。

この原則は、様々な解釈ができるところですが、みなさんが不動産取引をする際、みなさんの取引の安全性を担保する機能をも有しています。

したがって、取り壊される運命にある建物であっても、本来の正式な登記申請手順は以下のようになります。

【正式な手順】

 抵当権抹消登記 ⇒ 建物滅失登記

しかし、抵当権が設定された建物自体が消滅すると、抵当権設定登記の効力も自動的に消滅しますので、実務上は、抵当権抹消登記を省略して建物滅失登記をすることがあるようです(※5)。

【実務上許容される手順】

建物滅失登記 ⇒ 抵当権設定登記自動消滅

※5 これは住宅ローン完済後の話です。完済前は抵当権者の承諾を要する等、事情が異なりますのでご注意ください。また、ローン完済後であっても抵当権者の承諾書を求められることもありますが、建物滅失登記の際に抵当権者の承諾書を添付しなければならないという決まりはないとされています。


⑵  放置することによって生じる問題

① 不動産の売却が難しくなる
② 新たなローンを組みずらくなる
③ 抹消登記の手続きが複雑化する
 a 必要書類の紛失等
 b 抵当権者の合併等
     c 休眠抵当
④ 先に相続登記が必要になる


① 不動産の売却等が難しくなる

抵当権が設定されている不動産は、将来競売にかけられる恐れがあるため、購入対象不動産から除外されやすくなり、売却がしづらくなります。

② 新たなローンを組みづらくなる

登記簿上からは抵当権の効力が消滅しているかどうかの判断ができませんので、先に自宅等の抵当権設定登記を抹消しておかないと、金融機関に担保に取る不動産がないと判断されてしまい、新たなローンが組みづらくなります。

③ 抹消登記の手続きが複雑化する

a.必要書類の紛失等

住宅ローン完済後に金融機関から渡される抵当権を抹消するために必要な書類を紛失してしまう方がいらっしゃいます。この場合、銀行等に書類の再発行を請求します再発行手続きには時間を要し、さらに専門家に依頼する場合は追加費用が発生します。

b.抵当権者の合併等

銀行等が合併をしている場合抵当権抹消登記より先に抵当権移転登記を要する事案もあります。また、抵当権抹消登記に必要な書類が増えますので、追加で書類を取得する場合はその実費が発生し、また専門家に依頼する場合は追加費用が発生することがあります。

c. 休眠抵当

いわゆる休眠担保といわれる古い抵当権を抹消する場合、抵当権者が個人のケースで、既に死亡している場合は、相続人全員の印鑑が必要になるため、司法書士や弁護士に相続人探索を依頼する場合はその費用が発生し、ご依頼時から抹消完了にいたるまでの期間も相当程度かかります。また、抵当権者が法人であり、かつその法人が既に解散しているケースであって、さらに解散前の代表者も既に亡くなっている場合は、抵当権設定登記を抹消するために訴訟を提起する必要がありますので、この場合、訴訟代理人を立てるために司法書士または弁護士の報酬代がさらに発生します。また、この場合も上記と同様に、抵当権設定登記を抹消できる状態に至るまで裁判に数か月の期間を要することもあります。

④ 先に相続登記が必要になる

不動産の所有者が死亡している場合、先に相続登記をしてからでなければ抵当権抹消登記ができないことがあります。
これは、住宅ローンの完済時期によって異なりますが、例えば、住宅ローンの完済よりも前に相続が開始していた場合、抵当権抹消登記よりも先に相続登記を要します。



4 まとめ

住宅ローン完済後、抵当権設定登記を抹消しなければならないという法律上の義務はありません。

しかし、上述した問題が生じる恐れがあるため、住宅ローン完済後は、自宅の登記簿から速やかに抵当権設定登記の抹消手続きを行うことが望ましいといえるでしょう。

以上